同名タイトルの2回目である。前回は日経新聞社の中山淳史氏の取り上げたESG というテーマに沿って、「究極のESGはクレドだ」と喝破した。私もおおよそのところで賛成する。というかお見事な結論でしたと、僭越ながら、褒めてあげたい。

さて、クレドとは何かということだが、始まりは私がアナリスト兼ファンドマネジャーで忙しくしていたころ、ホテルリッツカールトンの「クレド」(20の秘密)を知った。小ぶりな手帳だが、ホテルは従業員全員に「会社の経営方針とか、サービスの心得とか」を印刷して、渡している。私はついでに、または試しに、東京と大阪の同ホテルに泊まってみた。サービスは言うまでもなくクレドに沿っていた気がする。無論私はすでにクレドバイアスにかかってはいましたが。

その精神は従業員全員が、それに従って顧客のために最大限のサービスを提供するのだ。会社の伝統であるサービスの真髄に接していやがる人はいない。その結果ホテルを利用する顧客は最善のおもてなしを受けるのだからうれしいだろう。この手帳が企業経営の決め手になって世界中の企業がそのようなやり方をベンチマークしていた。

前回取り上げようと書き残した日本企業もクレドをまねして導入していた。ESG などといういかに目新しい感じでアブリビエイション(短縮語)として今取り上げられているが、私の時代に一世を風靡したクレドが、ESGの源泉としてすでに世に存在していたことに中山氏は気づいたのだろう。タイミングの引用だったと思う。

しかしいま 投資家と株主との関係は変わってきた。まさに平等の立場での丁々発止の攻めぎあいが表面化している。資本主義の末路と言えるかもしれない。企業側の歩が悪いのは、特に日本では、ガバナンスを深底から理解している経営者が少ないということ。株主のための経営段階から、試行錯誤の末ステークホルダー全員のための経営という方向に変わってはきた。しかしながら、昨今の大企業の不祥事を見るに及んで、大げさにつかみで言えば、この国には「ガバナンス不全」という症状が蔓延していると思わざるを得ない。

一言でいえば、「取締役会が機能していない」ということだろう。社外取締役も着せ替え人形みたいな様子だし、株主総会もシャンシャン手拍子的風潮から抜け出ない。このページで私は中山氏に「東京エレクトロンのクレド」を推奨したい。実は、私がこの会社のクレドに出会ったときは、感激して思わず涙が出そうになった。なぜか、、、それを中山氏に経験してもらいのだ。