以前に書きましたが、中村菫(なかむら すみれ、10歳)初段の活躍には心底驚かされます。たびたびテレビの囲碁将棋番組に登場して、わたくしたち囲碁のファンを癒してくれています。かくいうわたくしも、いつの間にか 囲碁のファンになって、毎週のように石を打ってはいます。前回紹介しましたタカハシさん(91歳)は 飽きもせずに(失礼)わたくしたち初心者を指導してくれています。

どうして将棋を好んでいたわたくしが囲碁にはまってしまったのか説明はできませんが、どのように違うのかも考えたことはありません。ほんじつ(12月21日)囲碁界の頂点に立つ「井山裕太七冠王」の記事を日経新聞で見つけて考えさせられました。彼は「囲碁は殴り合いのようなもの」だといっているそうです。そうかもしれません。わたくしの場合は将棋は飛車角とか金銀とか一コマづつ違った性格を持って、それこそ一手も間違えられないところがあります。囲碁は石は黒と白のみで、すべて同じです。つまり石を盤上のどこに打つかというのが勝敗ですが、序盤戦などははっきり言って「どこでもいい」といったぼやけた部分があります。そのいい加減さがわたくしの性格に合っているのでしょうか。計画通りでもなく、想定通りでもなく、偶然に支配されてきたわたくしの人生ですが、時々幸運に恵まれていたのも確かで、何となく囲碁風ではないかと思うところありです。

よく、囲碁の盤面は地球とか宇宙とかの比喩を使っている方がいます。わからないでもないです。ナポレオンやマッカーサーのような戦略者たちはきっと参謀の前に地図を広げてあちこち指し示して戦いに臨んだのではないかと思いますが、囲碁における戦い方と何やら似ているような気がします。将棋は王様をとられて終わりですが、囲碁はなかなか勝敗が見えません。先手の黒に6目半のハンデがついているのも、面白いです(つまり黒6目では負け、7目では勝ち)。それに、何よりもわたくしの興味を引いたのは、将棋のプロの「年少者」は12歳から17歳ごろに分布するようですが、これが囲碁となると10歳でもうプロとなっている子供たちがいるということ。

最近小学生の奏くんが囲碁を教わっているという画像がメイルで届きました。私も「ぜひ一度お手合わせをお願いしたいと」母親に返信しました。