去る9月7日、待望の瀬戸内海は大崎下島の「御手洗」に足を下ろしました。ここは広島県ないですが、島を4つ、橋を4つ渡らないと行き着かないのです(5つの島が橋でつながっています)。瀬戸内海の“とびしま海道”と呼ばれるところ。その史跡はかつて北前船や幕府の交易船の寄港地として栄えたことを伝えています。御手洗(みたらい)というささやかな港町は、中でも7年ほど前から「保存」に目覚めて、いまや福山の鞆の浦を髣髴させる存在感があるようです。

大崎下島はいつつある島の四つ目にあって、広島からでも不便で、しかも片道2時間はかかるバスの旅になります。私は車を借りて、静かな瀬戸内海の島々を眺めながら御手洗に着き「はるばるきたものだ」と感慨にふけりました。強い太陽の照る漁村の狭い裏通りには人っ子一人見ない。犬も猫も歩いていない。たまに郵便局のバイクが通り過ぎていくほかは、お母さんの運転する小型の車が路地を抜けてゆくだけ。私はカメラ片手に、江戸時代の家屋の軒下に暑い日差しを避けながらユックリと漁村を散歩しました。最盛期には100人以上も(実際は、100番目の遊女が不幸な目にあうことが多く、厄除けを念じて99人で打ち止めらしい)遊女がいたと言われる江戸時代の茶屋(女郎屋)も残っていて、屋久杉を使った実に優雅なつくりの家でした。

茶色の格子戸、木造の家の小さな窓、灰色に変色した蔵の壁、軒下につるしたお花、などを眺めて時々フイルムカメラでぱちりと撮る。海岸通りからは豊かな瀬戸内海が横たわり、青さぎが目の前の海に降り立つ、行く先には常夜塔(陽が暮れると出入りの船の案内になる)も残っていて、いやがうえにもノスタルジアを刺激します。2軒ある海鮮食事どころの一つに入って、刺身定食にありつきました。このあたりの島々はレモンとみかんの本場らしく「レモン水」がめっぽうおいしかった。これはクラッシュした氷の中に半分に切ったレモンと砂糖水が入っているだけ。ひんやりと冷たく甘酸っぱいレモン水が猛暑のなかでは最高の飲み物でした。

観光案内所ではパートの女性らしき人が取り立ての青いレモンをビニール袋から出してくれました。これが実に「さわやかないい香り」(ゆずのような、ミカンのような、かぼすのような)がして都会のスーパーで売っているレモンとはべつ物でした。私は、この機会にきっとレモンのファンになるに違いないとの予感を得ました。郵便局のお姉さん、案内所のおばさん、皆さんとても優しくて親しげにお話してくれました。