落語の小言幸兵衛ではないけれども、いつも小言を言ってばかり、いちゃもんをつけてばかり、と言う隠居にはなりたくないのですが、昨今の富士山の世界遺産狂想曲はうるさいこと、どうも様子がおかしいと思ってちょっとだけ調べてみました。皆さんもご存知だとは思いますが世界遺産には種類があって文化遺産とか、自然遺産とか、複合遺産などがあります。富士山は言うまでもなく自然遺産であって、人間が昔から、長い間育て、守って関与してきた遺産ではありません。

富士山は自然の火山の爆発で出来た山で、人間の努力とは無縁です。あまりにも規模が大きくて守ったり、手を入れたりすることも出来ません。いつまでもこれからも、自然の猛威の前にただ存在するだけです。しかし、まれに見るきれいな姿のため(マウント レイニアーの例がありますが)、人の心を捉え、日本人の存在を表したり、また信仰の目標にもなっています。いわば日本のシンボルとしての存在価値はあります。私自身真っ白な雪をまとった富士山を見るにつけ、何か心が洗われたきもちになったり、陶然となったりすることがあります。

さて、今回世界遺産意登録されましたが、だからと言ってあんなにはしゃぐものでしょうか。吉田のうどんや、富士急行など、また両県の知事などインタビューを受けて満面の笑みを浮かべています。気持ちは分かります。なんと言っても収入が増えます。しかし、一方で入山者が増えるとゴミも増えます。ですから収入が増えると言って大喜びするのではなく控えめに喜ぶべきではないでしょうか。ここに大きな矛盾を抱え込むことになります。有名になって登山者が増えるが、ゴミや事故も増えます。結局静岡県とか山梨県は、たくさんの登山者が来ることを歓迎しながら内心汚されるのを嫌がっているのです。

そこで、今回任意で1000円(500円でも、いくらでも可ですね)入山料を支払ってもらうことにしました。しかも試用期間という短いテスト期間を置くのです。これで大方の登山者が反対すれば取りやめ、抵抗がなかったら採用しようと言うのです。官僚発のあいまいな姿勢が見え見えで失望します。世界遺産になって「やらなければならないことは、ただ汚さないだけ」ならば、富士山というところは「作り直したり、立て替えたり、保全したりできるシロモノではないですから」(笑)1000円もとる必要はないと断定できます。

なぜ1000円という法外な入山料を取るのか。それはきっと、「世界遺産になってよかった、でも登山者や観光ツーリストさんたちは出来るだけ来ないでね」と躊躇させているようなものです。富士山はローマの遺跡ではありません。ただそこに何万年もあっただけの山です。人の力は届きません。これからも爆発して変わります。富士山は世界遺産登録の条件のうち(6)と(7)しか満たしていません。日本人が、いや人間が富士山の誕生、メンテなどにまったく関与できなかったことを考えれば、そもそも世界遺産に登録申請する必要があったのでしょうか。