世の中はどんどん進んでいくように見える。きっとわたしは取り残されるだろうなと運命を感じている。今までは外来のことばは日本語に直してもらえると、概念が掴みやすかった。例えばESGであるがこれはもはや言うまでもなく、環境、社会、ガバナンスの頭文字であろう。ROEはズバリ自己資本利益率。ではチャットGPTは?それは生成AIであるらしい。これって「せいせい?」それとも「いきなり?」と読むのですか?

私たちはAIについては、かなり学んできた。将棋や囲碁の世界ではもはや常識になっている。人口頭脳のことで、今や棋士たちの教材となって、多くの若い棋士が学んでいるうえ新しい戦法として先輩の古い定石を破っている。これはこれで、進歩と呼んでいると思う。そのうえ試合の途中経過で優劣を判断するときにもAIは大いに役立って、数億回のシミュレーションを寸時に果たして、途中の優劣を出している。

しかし、チャットGPTはどうやらこういうものとは違うらしい。入社や入学の時、申告の必要があるときに人は必要な履歴のようなものを作る、この人工脳はそれらしき形の、立派な出来具合の書類を用意してくれるそうだ。きっと、調停中の離婚裁判でも、それらしき立派な理由を考えてくれて、離婚を成立させてくれるのではないか。マスコミが飛びつくのがわかる。いかにも雑事を理想に近い形で解決してくれるのだ。それは今どきのことばでいえば、ソリューションではないか。

しかし、人は今立ち止まっている。例えば、利にさとい投資家が、「もっとも儲かる株は?」と聞くと、答えてくれないで、適当にごまかしてくるという。チャットGPT は余計な責任は負わないのだ。多分、モラルの在り方を知っているということかもしれない。例えば、「プーチンを抹殺したら、世の中はどうなりますか?」などと聞く指導者も出てくるかもしれない。AIの活用によっては「微妙に均衡がとれている世界が、血の海になりかねない」というリスクをどうさばくのか、聞きたくもない。

マスコミはじめ、先端を行くと任じている方々が、騒いでいるようだが私は宗教のチカラでも借りて、スピード制御を仕掛けなければならないのではないかと危惧している。変化についていけないわたくしは、それこそ知識の海でおぼれてしまう運命にあるのかも。