誰も反対はしないと思うが、私はフランスの印象派の巨匠 クロード モネ画伯のファンなのだ。日本人としては、印象派といえばルノワールだろう。私もそこのあたりは否定しない。しかし、10年ほど前に私が ある晴れた日に、秋たけなわの昭和記念公園で撮った、そして自分の写真集に収めた、コスモス畑の日傘の女(仮のタイトル)が、クロード モネの「日傘をさす女」と、モチーフがすっかり似ているので驚いている。
私は、何気なくシャッターを切ってはいるが、誰がどう見てもモネの「日傘、、、」に似ていて、否定ができない。ポーズとかその他の背景、衣服、小道具などは、モネのその絵を知っているひとにとっては、物まねではないが、「似ているね」と言ってしまう、いわゆるネタバレ状況なのだ。内心は絵と写真と比べて何になる、とは思うが、この比較は見た目の印象が似ているので、もし私が第三者だったら、ニヤッとするかもしれない。
かつて住んでいた聖蹟桜ヶ丘駅前で、小さな写真展を応援してくれたミサワホーミングでのこと。店の中の展示を見て、数人のアマ絵かきやさんが、私の写真に興味を持たれて、焼き増ししてくれないかとプリントを申し込んできたことがあった。それと同じで、たぶん絵画と写真はどこかで交流しているのだろう。フェルメールがオランダの町デルフトを画いたとき、後世の学者はその時代が絵画に遅れて写真が世に現れた、という学説を立てている。
アマチュアの写真家である私は、絵かきを心底尊敬している。絵画こそ 創作であって写真はコピ―に過ぎないと卑下しているのである。とはいえ物まねは教育の一端であって、何ら恥ずることはないと自分を慰めている。むしろ、偶然にも同じような空気感、絵柄、色彩、を絵画の巨匠と私のようなアマが100年の時代のずれを絵画と写真で埋めたのだと自己満足をしている。(モネは1920年没)
何も価値はないが、この偶然の制作をひそかに、友達の耳元でささやく私に、私は満足しているのだ。
モネ展は7月11日より京橋のアルチゾン美術館で開催予定