選挙の最中、当たり前のことだが、私の住んでいる町のビルの合間に、拡声器の大きな音は響いた。「うるさいな」と外出する私は背にデイパックを担いで、マンションの玄関に赴き、数歩足を歩道に踏み出した。なんと、昼日中の町はがらんとしていて投票者はほとんどいない。わずか数人の大人がスピーカーでがなり立てる候補者の演説を聞いていた。
「長島昭久をどうかよろしく」と候補者はビルの壁に向かって叫んでいた。何かむなしく、悲しい風景。選挙とはこのように残酷で、滑稽で悲しいものなのか。「小学生のみならず、幼稚園だって無料の義務教育にするべきだ、私はその政策の実現を狙い、実行します」。広場一杯の聴衆ではなくて、がらんとしたまちかどに自分の政策を主張するって、この職業は、何なんだろうと思う。
そこから立ち去るタイミングを逃した私は、ちょっとだけ動き出すのを逡巡して、わずか数分ではあったが、演説の終わりまで、何気にお付き合いしてしまった。「え あれが長島さん? たしか、民進党から希望の党に転籍してきたひと?」と自問自答しながら、東京21区に突如現れた、ある種のスター議員を見ていた。政治にはあっても政治家には、まったく興味がない私は、その物語はここで終わるはずだった。
私は心の中で、「義務教育もいいけど、はやく安倍総理をひきずりおろしてくれ」とつぶやきながら、簡単に拍手して、もう一度マンションの入り口に取って返した。すると、突然人声が私の背後に迫ってきた、、、振り向くと、くだんの長島氏がすぐうしろに立っていて、私に握手を求めたのだ。私は生まれて初めて、候補者といやおうなしに握手する羽目になった。ひとがいいのか、我を忘れたのか、私は本来ならば、ご苦労さんとでも口に出すべきところを、驚いて、「私も妻と今朝あなたのことを(候補者一覧表を前に)話していたんだよ、(こうなったら)大勝してよ」と言葉にしてしまった。彼は大声で何か叫んで、車の方に行ってしまった。いやはや。